プロ野球・中日が初めて日本一に輝いたときのエースで、「フォークボールの神様」と呼ばれた杉下茂さんが間質性肺炎のため6月12日に東京都内の病院で亡くなりました。97歳でした。
杉下茂さんは東京都出身。昭和24年に中日に入団し、昭和29年にはリーグ最多の32勝をあげてチームを初めてのリーグ優勝に導き、日本シリーズでも5試合に登板して3勝をあげ最高殊勲選手に選ばれました。
当時は珍しかったフォークボールを決め球に巨人の川上哲治選手などの強打者を抑え、「フォークボールの神様」と呼ばれました。
通算では215勝をあげて最多勝に2回、最優秀防御率に1回、沢村賞に3回輝き昭和30年にはノーヒットノーランを達成しています。
また、中日と阪神で監督を務めたほか、さまざまなチームの臨時コーチとして精力的に指導にあたり、昭和60年に野球殿堂入りしています。
杉下さんは間質性肺炎のため6月12日に東京都内の病院で亡くなりました。97歳でした。